三重映画フェスティバル実行委員会のご協力によりお送りしている「三重映画さんぽ」。
今回は、俳優の市川雷蔵や勝新太郎らを育て、
映画『悪名』『座頭市』『眠狂四郎』シリーズをヒットさせ、
日本映画の黄金期を背負ってこられた田中徳三監督をご紹介しました。
お話は、田中監督の映画祭を開催され、監督と交流をもたれていた、
なばり名画座実行委員会委員長の的場敏訓さん。
田中監督は晩年、名張市で暮らし、2007年12月20日、87歳で他界。
その後、名張市の市政功労者表彰式で特別表彰者を受けられた三重県ゆかりの映画人です。
田中監督は、『必殺』シリーズ』や『子連れ狼』『桃太郎侍』など
約1,000本のテレビドラマを手がけました。
日本映画の黄金期を見直す動きが高まり、その時代を知る生き証人として、
田中監督への講演や取材が相次ぎましたが、
中には、田中監督をよく知らぬ人から『元映画監督』と呼ばれたこともあり、
『私は今も映画監督なのだ』と悔しい胸の内を語られたことがあったそうです。
『もう一度、映画を撮りたい』という想いが田中監督にはあったのだと思われます。
その想いが届いたのでしょう。
亡くなられた2007年、32年ぶりに監督された映画『少年河内音頭取り物語』が公開され、遺作となりました。
田中徳三監督の名作はDVDになっていますので、是非ご覧ください。
山上和美でした♪